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連載小説 恋はお初天神から

「お初天神商店街曽根崎心中物語」

作:観朝 華乃子(みあさ かのこ)

<第三章> 恋の卯の花

第三章 恋の卯の花
初音が「こてこて」を飛び出してから、10分ほど経過した頃、大将は店に戻ってきた。
洋平は、大将に、
「さっき、アルバイトの女の子が、店を出て行きました」
とだけ伝えた。
大将は、不思議に思ったが、単に、初音がこの青年のことを好かなかったのだろうと思いなおした。
「兄ちゃん、そういえば、名前聞いてへんかったな。何っていう名前や?」
大将は、洋平に尋ねた。
「川崎洋平です」
洋平は、居心地が悪くて、店を出るタイミングを伺いながら質問に答えた。
「そうか、で、曽根崎心中はどうやった?」
間髪入れず、大将が質問を続ける。洋平は、朝から何度も出かけようと思って、結局面倒くさくなって行っていない文楽座の「曽根崎心中」の質問にまで及んで、益々、絶望的な気分に支配されるのだった。
「すみません。観に行ってません」
洋平は、極まり悪そう(きまりわるそう)に、小さく暗い声で答えた。
「そうか」
大将は、曽根崎心中の話から初音と意気投合して、と期待していただけなので、初音がいないなら、すでに目的は失われてしまっていたが、勧めた手前、訊いてみただけだった。
「いや、ええんやで、また、気が向いたら観に行ってや。ええもんやで。この前は、フランスの美術館で公演したらしいしなあ。なかなか好評やったらしいで。やっぱり伝統の気迫は、世界を股にかけても色褪せんもんやねんな。兄ちゃん気にせんといてや。わしは、兄ちゃんがここに来てくれただけで嬉しいんやさかいな」
洋平は、約束も守らず、店に来てしまって、バツが悪かったが、さらりと受け流されたので、安心したのと同時にお腹も空いたので、やっぱり今日は、ここで晩御飯にしようと思い直した。そして、たまに受験の合間にこの店に来るのも、下町人情に癒されて、気分転換になって良いかもしれない、などと調子のよいことを考え始めていた。
そこへ、駄菓子屋のケンちゃんが現れた。
「この兄ちゃんが徳兵衛さんか?」
大将に向かって、言うやいやな、初音の不在に気付き、さらに洋平の疑いの眼差しから、大将の目論み(もくろみ)の失敗と自分の失言を悟り、そのまま店を出ようかとも思った。しかし、初音が気がかりだったこともあり、少し離れた席に座って、様子を伺うことにした。
洋平の方は、先ほどの派手な女といい、このチンピラ風のおっさんといい、なぜ、自分のことを徳兵衛と呼ぶかが分からず、気になり始めていた。そして、よくよく考えると、大将も全体的になんとなく怪しい。
洋平は、またまた、考え始めるのだった。洋平は、ずっと日の当たる世界にいて、気付かなかったが、世間には、悪と罪と罰が存在する。ここは、洋平の暮らす日の当たる世界とは間逆のアンダーワールドなのではないだろうか?
このこれまでに味わったことのない空気は一体?洋平は疑いを深めていった。そして、洋平は、閃いた。これは、あの生ぬるい親切で他人を油断させ、人の愚かな欲望につけ込み、主催者の話術とカリスマ性を以って、人を操るマルチ商法ではないのではないだろうか。そして、この店はマルチ商法の温床なのではないだろうか、洋平は疑心(ぎしん)暗鬼(あんき)に陥った。
大将は大将で、何も悪いことはしていないはずだったが、なぜか、洋平に対して、罪悪感が湧き、知らん顔して、洋平の晩の献立を勝手に、すじコンのねぎ焼きと決め込み、準備を始めた。洋平の目の前の鉄板に火を点けて、厨房に戻り、材料をボールに入れて、生地と卵とねぎと牛筋とこんにゃくを手際よく混ぜ始めた。
ケンちゃんも、知らん顔してテレビのお笑い番組を観始めて、大笑いを始め、テレビに向かって、突っ込みを入れる始末であった。
洋平は、何がなんだか分からなくて、鉄板をじっと見つめていた。鉄板が熱を発して、温かかった。その時、二人組みの客が洋平の隣の席に着いた。二人組の客は、洋平が一人で、どことなく場所に溶け込まず、居心地が悪そうにしているのを見て、二人のうち一人が、話しかけてきた。
「兄ちゃん知ってるか?大阪はな、お好み焼きの鉄板とたこ焼きの鉄板の熱のせいで、隣の県より、摂氏2℃平均気温が高いんやで」
洋平が返事に困っていると、二人組みのもう一人が、
「広島は、たこ焼きがない分、摂氏1℃しか隣の県と違わんで」
と言うと、二人で楽しそうに笑っていた。洋平もつられて笑っていたら、大将が水を持って二人の席の前に置いたあと、洋平にコーラを出してくれた。そして、すぐに厨房に戻って、ねぎ焼きの材料を混ぜ込んだボールから、洋平の目の前の鉄板に流し込んだ。
その時、ジュウという音の後、湯気が立ち上がった。大将は、この瞬間が大好きだった。人々が笑顔を見せる。人は、火を囲って食事をすることが、至福の一つだと信じていた。人々の心が、鉄板に生地を流し込んだ瞬間に、浮遊するように感じた。目の前にいる洋平も、やっぱり、嬉しそうだった。さっきからの怪しい出来事が、この瞬間だけかもしれないが、吹っ飛んでしまったようだった。空気が軽かった。
「兄ちゃん、このまま少し置くで」
大将は、洋平にそう言と、隣の二人の注文を取り出した。注文を取り終え、二人の飲み物を出し、また、厨房に戻って仕込みを始めた。大将は、この仕事を気に入っていた。鉄板が熱を発している様子を見ると、心が躍って、ワクワクするような感覚があった。大将は、このささやかな人生を心から愛していたのだ。
そこへ、教授が現れた。教授は、初音の不在を見て大将の計画が失敗したのだと思った。しかし、ケンちゃんがテレビを一心に見ているように見せかけて、意識が時々洋平に移るおかしな様子やらで、どうも、この青年が徳兵衛さんなのかもしれないと思った。洋平は、いかにも育ちがよさそうで、真面目そうに見え、大将の話と一致していた。
「君、一人でお好み焼き食べにきたの?もうすぐ、満席になるし、相席していいかな?」
と、洋平の返事を待たず、洋平の座っているテーブル席の向かいに腰を下ろした。
洋平は、ついにマルチ商法の親玉が登場したのだと思った。
教授は、調理場にいる大将に向かって、
「いつも通りでお願いね」
と、声をかけた。大将の方は、もう、すっかり初音と洋平のことは意識から飛んでしまっていて、仕事に精を出していた。裏口から入ったのか、従業員らしきおばさんもいつの間にか一緒に働いていて、洋平と教授の席に、ビールを運んできた。
「いらっしゃい、教授。今日は、学生さんも一緒やねんなあ」
そう言って、栓を抜いたビールとグラスを教授の前に置いた。
「違うよ、ただの相席だよ」
教授がそう答えると、おばさんは、少し微笑んで軽く相槌だけ打って去っていた。
洋平は、この店に来てから、初めて控えめな普通っぽい人に出会ったような気がした。
「大将の奥さんだよ」
教授は、優しい顔で洋平に向かって言った。洋平は、教授と呼ばれているにも関わらず、マルチ商法の親玉の疑いを払えていなかった。
教授は、そんな洋平をよそに、グラスにビールを注いで、
「一人同士、乾杯をしよう」
そう言って、グラスを洋平に向かって傾け、
「乾杯」
と、言った。洋平もあわてて、コーラの入った飲みかけのグラスを手に取り、教授に傾けた。教授は、少しくたびれたスーツで、ネクタイをつけず、カッターシャツの一番上のボタンは外していた。髪は少し長く伸びていて、半分白髪だった。メガネはかけておらず、確かに世間擦れしていない、学者風だった。
「この人は、大学で教授をしていて、うちの店によう来てくれはるねん」
大将は、調理場の奥から、二人の様子を見て、洋平に向かって、そう声を張り上げた。
「僕、川崎洋平といいます。専門は何なんですか」
洋平は、尋ねた。
「経営学だよ。企業倫理を専門にしているんだ。あとは、倫理学と哲学を教養の講義で教えているんだ」
教授の顔は常に朗らかな笑みを湛え、そして、視線は半分焦点を洋平の目に合わせながら、そう応えた。
「今、流行ってますね。食の安全やら、偽装やらやたらと問題になってますもんね」
「君は、学生?」
教授は、ビールを一口飲んでから、洋平訊き返した。
「いえ、浪人生です」
洋平は、「浪人生」と口にする度に、心を血が出ない程度に切られるような、針で突かれるような、そんな痛みを覚えた。初対面の人物と話をする場合、やはり、学生か?社会人か?と訊かれるものなのだろう。この一年何度この質問をされるのだろうか。洋平は、こんなことで傷つけられるような自分は、できるだけ見ず知らずの人間とは、話をしないに限るのだろうと思った。一方で、他人に素性を聞くことなく、テンポ良く差し障りなく会話する術を身につける必要性を感じていた。
「何学部を目指しているの?」
教授に、さらに学部を尋ねられると、洋平は、少しためらいながらも、心オープンで、夢と希望に溢れた若者風の会話で、先ほどの傷をなかったことにする前向きな実践を行うことにした。
「農学部です。バイオ燃料に興味があって、石油の代替エネルギーが求められていますよね。僕は、高校の頃に思いついた『油サボテン』を現実のものにしたいんです。不毛の砂漠に根を下ろして、水の代わりに油を蓄えるサボテンです。水蒸気と二酸化炭素を原料に油を生成するんです」
洋平は、この手のプラスのオーラを帯びた言葉には、クヨクヨを吹き飛ばす効能があると踏んでいた。
教授は、「油サボテン」という驚きの発想力に目を丸くして、
「君なら、夢を実現できるかもしれないね。夢を現実のものにできる人間独特の強い意志のような力を感じるよ」
と、次の瞬間にはいつもの優しい笑顔になってそう言った。
洋平は、教授という立派な仕事に就いている人が、自分の夢を受け入れてくれたのが嬉しかった。
「その油は、地下茎を通して、都会まで輸送するっていうのはどう?そしたら、輸送にも人手がかからないよ」
そして、教授は、そう言うと、嬉しそうだった。洋平も、言葉にならない喜びが溢れていた。人は、人に認められる時に喜びを感じるものなのだろう。
「夢なんです。僕は、人のためになる仕事で、自己実現がしたいんです」
「この世は、人の夢で作られているんだから、夢でいいんだよ。真に世界が必要としている夢なら、現実に降ってくるさ。夢を現実にする人間の心は、強くて優しさに溢れていて、認識力があるんだ、その心が自己実現なんだよ。君ならきっとできるさ」
洋平は、自分の人生でいつも喉につかえている小骨があと一息で取れそうな、そんなもどかしさを覚えた。父親から押し付けられる学歴を積み、肩書きを得て、人の上に立つことを目標として設定されることがいつも違うと感じていたが、なぜ違うか分からなかった。洋平の心は本心でない目標で土台を固められているものだから、本心がその土台を崩そうとぐらぐらするせいで辛いはずのない人生が辛くて仕方がなく感じていた。
そこへ大将が、洋平のお好み焼きの仕上げにやってきた。丁寧にコテでひっくり返して、ソースを刷毛で塗ってマヨネーズをかけた。
「この店のマヨネーズは、わしが10年以上かけて、開発したんやで。材料は企業秘密やけど、めっちゃ高級なからしが混ぜてあるねんで、そのからしちゃうかったら、この味にはならへんねん」
と自慢気に言った。大将は、マヨネーズをお好み焼きにかける度に、同じ言葉を繰り返した。二人は、相槌を打った。大将が、調理場に戻ってから、教授は、さっきの話のつづきを話だした。
「起こり得る未来の中に、人々の夢や希望が混ざり合って、それらの夢のうちの最善が現実に降りてくるんだ。このマヨネーズだって、もともとは大将の頭の中にあったものだよ。世界は、元々は、誰かの想像にしか過ぎなかったものの寄せ集めなんだよ。目の前にある、椅子も机ものれんにしても、デザインや色や素材の選択も元々は誰かの頭の中にあったものだしね。どこにでもあるこのお好み焼き屋の店内も、過去に、人の頭の中で描かれたものなんだよ」
洋平は、その言葉で、視界の景色が生き物のように脈打ったように感じ、目を擦った。自分の油サボテンも、今は、自分の頭の中で、ぴょんぴょん跳ねて、洋平に大阪大学に入る応援をしているだけに過ぎないが、世界の救世主になるそんな現実が、本当に世界に落ちてくるのではないかという気持ちが強まった。胸の辺りから強くこみ上げてくる言葉にならぬ感情が沸き、事を成す意思が洋平を捉えるのだった。
洋平は、コーラしか飲んでいなかったが、教授の言葉に酔ってしまいそうだった。夢という言葉一つに、不思議な解釈をつけて、それだけのことが感動的なことに感じた。
そこへ、初音が戻ってきた。
「初音ちゃん。徳兵衛さんが待ってるよ」
そう、声をかけ、ビールを持って、カウンターの席に移動してしまった。
洋平は、初音に視線を移した。初音の方は、洋平を一目見ただけで、自分がずっと追い求めていた影の正体であると感じたのだ。初音は、ずっと、心の中にある影を追っていた。だから、洋平に不審に思われたことで、強い喪失感を感じ、途方に暮れて、当てもなく町をぐるぐるさまよっていて、結局店に戻ってきた。初音は、泣いたり、立ち止まったり、早歩きになったりしたものだから、マスカラが取れ、目の回りが黒くなって、髪の毛も乱れていた。
洋平には、さっきまでは、初音のことがその辺にいる大量生産のバービー人形のように思えていた。教授の「徳兵衛さん」という言葉には、初音の心を代弁するような不思議な響きがあった。その言葉で、ようやく、生身の人間として、初音を捉えることとなった。
初音は、洋平に向かって、
「さっきは、ごめんなさい」
と謝ると、洋平は、
「気にしてないよ、教授が席を譲ってくれたことだし、ここに座れば」
と初音に言った。
初音は、これまでにないくらい胸が高鳴って、言われるがまま、洋平の向かいの席に腰を下ろそうとしたが、膝を普通に折ることが出来ず、椅子とテーブルに足をぶつけながら、ぎこちなく座った。二人の間には、沈黙が続いたが、洋平は、できたばかりのお好み焼きを、コテで切り分けて、初音に、
「君も食べて」
と取り皿に取って、初音の前に置いた。初音は、箸を取ったが、右手が左手のようにままならず、ねぎ焼きを落とさずに口に運ぶことが大仕事に感じた。大将が、初音にようやく気づいて、コーラとグラスを置いてくれた。
「兄ちゃん、初音ちゃんは、曽根崎心中の大ファンやねん。今度、初音ちゃんを文楽座連れて行ってやってや」
初音は、嬉しかった。せっかく、徳兵衛さんと出会ったのに、このまま連絡先も聞けず、するりと指の間から、乾いた砂がこぼれ落ちるように消えてしまうような気がして怖かったからだ。いつも寝ている時に見る夢で、徳兵衛さんと出会って、でも目を覚ましたら、固く結ばれたはずの徳兵衛さんが、影も形もなくなって、顔すら覚えていない、初音はそんな朝を幾度となく迎えた。初音は、高校の頃に、「曽根崎心中」の題目を演じたときから、心に宿った徳兵衛さんの影を追い続けていたのだ。
初音は、
「連れて行って、ウチ夢やってん。徳兵衛さんと曽根崎心中を観に行くのが」
そう言って、顔を喜びでいっぱいに満たした。
洋平は、初音の「徳兵衛さん」という言葉で、初音が、ずっと「徳兵衛さん」を探していたのだということに気付いた。
「僕、川崎洋平、徳兵衛さんでもいいけど、洋平って呼んでよ」
洋平は、大学受験を来年こそは必ず、成功させなければならず、初音との恋愛が受験に障ることを怖れたが、なんとなく流れで、そう言った。
初音の大きな瞳は、喜びで涙が普段より厚い層を成し今にも溢れそうだった。
「私は、初音」
その細い声は、洋平の心の隙間に入り込んでいくようだった。
「僕も文楽座に曽根崎心中を観に行きたいから、一緒に行こうか」
洋平は、躊躇しながらも、初音を文楽座に誘い、連絡先を交換し、約束を交わした。洋平の背中を押す不思議な力があり、その力が成す自然の流れに洋平は、つい乗ってしまっていた。初音は、その後すぐに、仕事を理由に店を出て行ってしまった。その足取りは軽く、喜びが全身から溢れているように見えた。
洋平は、複雑な心境だった。洋平は、自分自身でも十分感じていたことでもあるが、父親から、恋愛は勉学の妨げになるからと、ご法度だとしつこいほど念を押されていた。
そんな洋平をよそに、大将とケンちゃんは、とてもうれしそうだった。
「恋の花が咲いたなあ」
大将が、呟いた。
「ほんまやな。何の花かな」
ケンちゃんが、大将に訊いた。ケンちゃんは、かなり本気で、若い二人の恋の花の種類を考えていた。
「それやったら。パンジーって感じちゃうか。学校とか花壇とかに園芸委員が植えるやつ」
大将は、少しだけ間を置いて、考えてからそう応えた。
「なんで?」
ケンちゃんは、恋の初心者っていう感じやからかな?など、思いながら、大将に理由を尋ねてみた。
「わし園芸委員やってん。わしが植えたようなもんやん」
大将は、しょうもない理由を返した。
「そんなんやったら、大将にしか分からんやんけ。誰にでもこの二人はと納得させるような花や。そうやな、卯(う)の(の)花(はな)とか蕎麦とかどないやろか?」
ケンちゃんは、蕎麦の花や卯の花(ウツギ)の白く小さい花の様子が、洋平の清潔感と初音が内に丸まっているような様子にぴったりのような気がしたのだ。
「食いもんばっかりやな」
大将は、心の中で、卯の花に至っては食い物(おからの煮物)そのものやん、と思いながら、仕事に戻ろうとしていた。
ケンちゃんは、少し涙目になっていた。一呼吸おいてから、
「わし、めっちゃ嬉しいわ」
大将は、ケンちゃんが意外とロマンチストなので、驚いた。
「恋が身に降りかかるっちゅうのは、ある日突然、朝起きて、家の外出てみたら、自分の家の壁にアメリカ人の不良がスプレーやペンキで落書きするみたいに、ちょっとした事件やな。そう思わん?」
大将は、うまいオチをつけられたと言わんばかり笑顔を見せながら、ケンちゃんに同意を求めたが、ケンちゃんは、大将の色気の無さは、せいぜい名脇役止りとだと、少しイライラしながら思った。
「なんでロマンをぶち壊すようなことばかり言うねん。いちいち話にオチなんかつけんでええねん。だから大阪人は鬱陶しがられるねん」
ケンちゃんは、むっとして、突き放すように言った。
「そうやな。二人見とったら、わしの初恋の時の話思い出したわ。わし、奥さんが初恋やってんけどな」
大将は、ケンちゃんが何をイライラしているのか分からず、さらに、何も考えず思いつくままに発言した。そのあと、ケンちゃんが50歳近いのにに、未だ独身であることを思い出して、ケンちゃんの感傷的な様子から、辛い恋でも胸に秘めているかもしれないと思い、奥さんの話をしてしまったことを申し訳なく思った。
「大将、もう帰るわ。二人の世界見取ったら、切なくなってきた」
そう言うと、ケンちゃんは目を潤ませながら帰って行った。