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連載小説 恋はお初天神から

「グッバイアゲイン」

作者:日頭真子(ひがしら ちかこ)

<第6話>友人

 奈々子はなぜか礼にだけは聡のことを話せた。誰にも言うつもりはなかったのに。
 東京では聡の話題を封印していたから、表向きには奈々子が聡を失った悲しみを何とか乗り越えたことになっていたようだ。親しい友人や、家族でさえ現在そう思い込んでいる。 まして遠く離れた大阪で、どうして過去のつらい出来事をわざわざ他人に話す必要があろう。聡の幻と決別しようと思って東京を離れた意味がなくなってしまう。
 しかし大阪でできた友人の礼は、無理やりしまい込んだつらい気持ちを吐き出してしまえるような温かさを感じさせる女性だった。普段は大口を開けてガハハと笑い、いつもつまみ食いをしているような“ナニワのおばちゃん”風だったが、いざというときには心のよりどころになってくれる頼もしい友人だった。
「香山さんやったら間違いないと思うで。面白うて性格エエし、そのうえさらにエリートでイケメンて、ちょっとおらんで奈々子。今まで行った合コンでも、どんなレベルの高いメンツでも香山さんを超える男子はおらんかった!」
「いくら礼があの人をほめたたえても、あたしにはいまいち響いてこないんだよね」
「昔の彼が奈々子の永遠の理想なんはわかるけど、それと比べられたら香山さんあんまりにも可哀想やわ。なんぼ香山さんでも、永遠の理想に現実の人間がかなうわけないやん。あんたに今必要なんは、ちゃんと現実を……」
「現実を見ること、でしょ。幻じゃなくて。よくわかってるよ」
「……ごめん。わかってるけどどうしようもないねんな。余計なこと言うてしもて……」
 礼は奈々子の気持ちをよく理解している。幻にとらわれている現状から脱しようともがいていることも。だから奈々子にいい出会いの気配が訪れると、めいっぱい応援してくれるのだった。だが、結局こんなやりとりのように、奈々子が足踏み状態で堂々巡りに終わるのである。礼は自分にも今恋人がいないためよく合コンに参加しているようで、そのたびに奈々子も誘ってくれる。しかし奈々子は一度も参加したことはなかった。

「今日、お初天神さんお参りの日やったやろ? 今日もお願いしてきたん?」と礼がたずねた。奈々子が毎週お参りに行っていることも彼女は知っているのだ。
「うん。行って来たよ」そう答えてからしばらく奈々子は何かを考え込むように押し黙った。
「どないしたん? 何かあったん?」
 礼がいぶかしげに聞く。奈々子はためらいながらも、思い切って言ってみようと思った。
「……実は今日ね、びっくりすることがあったの。神社で、元彼そっくりな人に出会っちゃったんだ」
「えっ、亡くなった彼にそっくりな人? 出会ったってどういうこと?」
「あたしがつまずいてひっくり返ったところをたまたま通りかかって助けてくれたの」
「そらまあ、似た人くらいはなんぼでもおるやろけど……何か気になんの?」
「違うの違うの。その人は、例えば目とか口とかが似てるとかそういうんじゃないの。ちょっと普通の似方とは思えないの。雰囲気? 何て言ったらいいかわかんないんだけど、とにかく似ててびっくりしちゃって……それで、今日ずっと引っかかってんの」
 礼の休憩時間が終わりに近づいていた。
「続きはまた仕事終わってから、ゆっくり聞かしてもらうわ。ほな後でな!」そう言って彼女は自分の持ち場へ戻っていった。

 終業後。帰りが一緒になったときにいつも入るお初天神通り商店街の中華料理屋で夕食をとりながら、奈々子は昼間出会った青年のことを説明した。
「ふう~ん……確かに不思議ではあるね。だってそれって、奈々子にだけわかる感覚みたいなもんやろ?」
「あたしだけかどうかはわかんないけど、こんなに懐かしい気分になれたのは初めてだったよ。もしや生まれ変わりかも? なんて思ったくらい」。奈々子は、青年のことを語っているうちに自然と力がこもり、顔も少し紅潮しているのを自覚した。
「その人に会(お)うたんがお初天神ってとこも、また妙な偶然やねえ。あんたが毎週毎週、変なことお願いに来るから、天神さんが気の毒になって会わしてくれたんちゃう? ある意味、祈願のご利益があったっていうことやん」
「もう一回確認してみたいんだよね。あたしの感覚が本物なのか、単なる思い込みなのか」
 礼は複雑な表情を見せた。「それを確認してどうするの」と言いたいのを飲み込んでいるのだと奈々子にはわかった。口に出さずにいてくれるのが、彼女の優しさなのだろう。
 別れ際、礼は心配そうに聞いた。
「奈々子……病んでない? 大丈夫?」
「あたしがおかしくなっちゃって、似ても似つかぬ人を元彼の生まれ変わりだって思い込んでるんじゃないかって? プッ、いくらなんでもそれはないよ。心配してくれてありがと」と奈々子は笑いながら答えた。
「それやったらエエねんけどな……また……会えたらエエな。今度もし会うたら教えてな」
「うん。じゃあね、気をつけて」

 帰宅後、着替えようと服を脱いだとき、奈々子はいつも着けていたネックレスがないことに気付いた。バッグの中に入っていないか、服のどこかに引っかかっていないか確認したが、見当たらない。部屋の中も一通り探した。その日出勤して制服に着替えたときは確実に着けていたのを憶えている。
「大変だ……落としちゃったんだ」
 奈々子はいいようのない喪失感に襲われた。そのネックレスは、かつて聡からプレゼントされたものだったのだ。
「そうだ。きっと今日転んだときに外れて落ちたんだ。どうしよう……聡からの……」
 翌日もう一度お初天神へ探しに行くしかないと奈々子は思った。
【つづく】