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連載小説 恋はお初天神から

「グッバイアゲイン」

作者:日頭真子(ひがしら ちかこ)

<第7話>形見

 最愛の恋人から贈られた大事なネックレスをなくした次の日、奈々子は再びお初天神へ足を運ぶつもりだった。出勤してすぐに、更衣室や売り場を探してみたがやはり見つからず、落としたとすればお初天神しかないと思った。
 あそこに聡の形見が落ちているかも知れないと思うと勤務中も落ち着かない。一刻も早く神社に駆けつけたくて、午前中ずっとやきもきしてしまう奈々子であった。
 
 奈々子の誕生日に、内気だった聡が初めてくれたプレゼントがそのネックレスだった。シルバーの細いチェーンに、ティアドロップ状の小ぶりなオブジェがぶら下がっている。
 身長が高く、やや大人っぽい雰囲気を漂わせていた奈々子にふさわしいものをと一所懸命考えたのであろう、高校生男子のセレクトにしては随分大人びた、シンプルなデザインのネックレスだった。聡はやはり当時から人とは違うセンスを持っていたと、奈々子は今の年齢になって感じ入ることが多くなった。
 芸術や文学はじめ様々な知識を持ち、もちろんピアノも自在に弾きこなす天性の器用さを備えていた聡であったが、女の子への対応はとても不器用だった。だから、クラスでも部活でも常に“目立つほうのグループ”に属していた奈々子に対しても、とくに校内で一緒にいるときなど、気後れするのかいつも恥ずかしそうな態度をとっていたものだ。
 そんな聡がにネックレスなどという気の利いたプレゼントを贈ってくれたものだから、奈々子は最高に感動した。聡の美しいピアノの音色だけで十分満足していた彼女には思いもよらぬ“サプライズ”だったのだ。
(ネックレス……絶対探さなきゃ)
 
 奈々子は休憩時間が来るやいなや、いつもは昼食を済ませてから行くところを、一直線にお初天神へ向かった。奈々子の習慣になっているお初天神参りの頻度は週1、2回程度で、連日で訪れるのも初めてだった。それくらい、彼女にとってネックレスを捜すことは「絶対的な最重要事項」であった。
 奈々子は、参拝客が不思議そうにじろじろ見るのも気にせず、転倒した石段の周辺はもとより境内のすみずみまで目を皿のようにしてくまなく捜索した。しかしその執念もむなしく、大事なネックレスは出てこなかった。奈々子はがっくりと肩を落として境内にたたずんだ。
 そして石段の方へ目をやり、前日の出来事を思い返した。(あそこで……あの人に出会った……聡に似たあの人に)
 ふと思い立って奈々子は本殿の前に立ち、いつものようにお辞儀をしてから拍手を打ち、もう一度丁寧にお辞儀をした。そしてひそかにつぶやいた。
「どうかあの人にもう一度会わせてください」
 
 例の青年となくしたネックレス、そこから連なって出てくる聡の面影。頭の中でそのループが繰り返され、仕事に集中できない自分を奈々子は情けなく思った。
(このところとくに余計なこと考えすぎ。いけないいけない。とりあえずネックレスのことは今は忘れよう。仕事で失敗しちゃったらシャレになんないし)
 奈々子は「いらっしゃいませ!」「ありがとうございました!」などなるべくハキハキと大きな声で来店客に挨拶し、にこやかな表情で接客に集中することにした。
「まいど、こんにちわー。内山さん、今日はまたえらく元気エエやないですか。何かエエことでもあったんですか」
 また香山が現れた。本当にめげない人だ、と奈々子は半ば感心してしまう。
「いいことなんか何にもありません。お仕事だからきちんとご挨拶しているだけです。今日は一体何ですか? 事業部ミーティングですか? 近くで打ち合わせがあったついでですか? 外回りの途中ですか?」
「え。いやあ……昨日俺が言ってたお店、ほんとにおすすめなんでもう一度お誘いしてみようかと……あ、いいんです、すみませんでしたお仕事中に」と、香山は少し面食らった様子で、恐縮しながらあっさりその場を立ち去った。
(あれ……もしかして、ちょっと言い方きつかったかのな)
 香山の突然の出現にせっかくの集中力を乱されたような気がして、思わずトゲのある言い方をしてしまったことを少し申し訳なく思った。1年後輩の吉川舞が近くで見ていたらしく、話しかけてきた。
「香山さんて、よっぽど内山さんのことお気に入りなんですね。何か、見てて香山さんが気の毒……私なんて、お話したくても見向きもされないのに」
 冷静に考えると、死んだ聡への思いが胸にここまでくすぶり続けてさえいなければ、香山ほどの男性に言い寄られることは奈々子にとって大きな喜びとなっているに違いなかった。若干とがめるような舞の口調と表情から奈々子は、もしかしたら舞は香山を好きなのではないかと思った。
 聡の亡霊を吹っ切ることができれば、新しい恋に生きられるのだろうか。奈々子は自問自答した。今のままでは相当難しいように思えた。事実、例の青年に心ひかれているのも、聡に似ているからなのだ。
(あたしは何を求めて、どこに向かっているんだろう)。奈々子は、自分がわからなくなってきた。
 
 そのとき、「あのう、すみません」という男性の声が後ろの方から発せられた。その声を聞いた奈々子の体に電流が走った。
 振り向くと、例の青年が立っていた。
【つづく】