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連載小説 恋はお初天神から

「グッバイアゲイン」

作者:日頭真子(ひがしら ちかこ)

<第8話>再開

 奈々子は信じられなかった。折りしもネックレスがお初天神で見つからなかった落胆から、また色々な思いが交錯して暗い気分になりかけていたところだった。しかしお初天神の帰り際につい祈願した、聡にそっくりな青年との再会――それが今、現実になっている。
 頭の中で青年のことを考えていたまさにそのとき、“実物”の突然の出現に奈々子は狼狽してはっと息をのんだ。彼を凝視したまま言葉が出ない。
 激しく動揺する奈々子の内心をよそに、青年は相好を崩した。
「ああ、やっぱりそうだった。よかった、会えて。けっこう探したんですよ」
「え……?」
 奈々子はどきっとした。再び発せられた、なぜか懐かしい声に体中の細胞がざわつくようだった。ついさっきの願いがこんなにも早くかなったのか?
「これ、落としたんじゃないですか?」と彼はポケットから何かを出した。
「あ! ネックレス……!」
 
 青年は奈々子の落としたネックレスを拾ってくれていたのだ。絶対に見つけなければ、と思っていた聡の形見のネックレス。それをこの青年が手にして奈々子の前に現れたことは、二重の驚きだった。
「捜してたんです。もうすっごく捜してたんです。……ありがとうございます。本当に、何て言っていいのか……ありがとうございます……」
 あまりの嬉しさに奈々子はこみ上げてくる気持ちを抑えきれず、少しだけ目を潤ませた。
「よっぽど大事なものだったんですね。よかったですよ、きっとあなたが落としたんだと思ってたんです。本当によかった」
青年は照れくさそうに微笑んだ。奈々子にはそれがまるで聡が照れ笑いをしているように見えた。
 少し心が落ち着きを取り戻したところで、奈々子は聞いた。
「あの……これどこで……?□それに、私がここにいることをどうやって……どうして私のものだと……?」
「あの後しばらくしてからまた神社の前を通ったんですよ。石段のあたりに何かキラッと光るものが見えて……それでもしかしたらと思ったんです」
 奈々子の居場所は、H百貨店の制服をたよりに突き止めたという。
「実は地下1階からスタートして、やっと今3階のここにたどり着いたんですよ。もし10階とかだったら、途中で挫折していたかも。それに、あなたを見つけたとしても、そのネックレスの持ち主じゃなかったらめちゃくちゃ恥ずかしいですから、声をかけるの、すごくドキドキでしたよ」
 そんなにまでして自分を捜してくれたことに奈々子の心が高ぶった。
(ああ、礼に教えたい、でも、連絡手段がないーっ! あの子、ふらっと来ないかなあ)
 
「体のほうは大丈夫なんですか? 打ち身とか……」
「体? ああ、おかげさまで“あおたん”が三つ四つ」
「あんなこけ方してそれだけで済むなんて、ある意味すごいですね」
 奈々子は声を出して笑った。青年の柔らかな表情を間近に見て、ああ、何てこの人は聡に似た表情をするんだろうと思わずにはいられなかった。初対面ではそんなに似通っていると感じなかった目鼻立ちまでも、心なしか似ているように思えてくる奈々子であった。
 そんなことを考えていたとき、こちらへ向かってくる丸いシルエットが青年の肩越しに見えた。礼だ。これから昼休けいに入るのか、手に弁当の袋をさげている。
(さすが礼、ジャストタイミング。あたしの気持ちが通じたみたい)と奈々子ははやる気持ちで、大きく手招きをして礼を自分のもとへ呼び寄せた。
「奈々子~。見て見てこれ!」
 礼は歩を速めてやって来た。彼女のつやつやの頬に出るえくぼはいつも安心感を与える。
「見て! 地下の特設コーナーの『飛騨牛スペシャル弁当』、やっとゲットしてん。駅弁フェア始まったときから目つけててんけど、人気ありすぎてな。今日は取り置きしといてもろてん。役得やわあ、あ、内緒やで!」
 いつもの調子で礼は気ままにしゃべり始める。奈々子はそれをさえぎって彼女の腕を引っ張り寄せ、耳元で早口にささやいた。
「ちょっとちょっと礼、お弁当はいいから! 大ニュースよ大ニュース! あの人が!」
 そこでようやく礼は青年の存在に気付いた。
「ん? お知り合いかなんか?」
 奈々子は青年の隣に立って、ぽかんとしている礼の耳元で言った。
「ほらあの、元彼……じゃなくて昨日転んだときに助けてくれた人だよ。あたしそのときネックレスを落としちゃって、わざわざそれを届けに来てくれたの」
「ええっ?! それホンマ?」
 礼は目をまるくして青年と奈々子を交互に見た。そして先ほどの奈々子と同じように、奈々子の耳元で小さく「あんた、すごいやんか、また会えたやん!」とささやいた。
「へえ……こちらの方があの……なんやねえ……あ、どうも初めまして、友人です」
と、礼はしげしげと青年を見つめ、彼も会釈した。
(もう、礼! 見すぎじゃん。ヘンなこと言わなきゃいいけど)と奈々子は内心あせった。
「あれ……?」
 礼が青年の顔をじっと見ながら首を少しかしげた。
「どしたの礼? もしかして知ってる方とか?」
 あっ、と礼は再び目をまるくして、何かを思い出したように手を打った。そして奈々子にとって驚くべき言葉を口にした。
「そうや! ピアニストさん!」
【つづく】