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連載小説 恋はお初天神から

「グッバイアゲイン」

作者:日頭真子(ひがしら ちかこ)

<第10話>見当違い

 公演本番前のスケジュールをぬって新一郎はときどき奈々子のところに“息抜き”に来た。勤務中で長々とした会話はできないが、そのしばしの間が彼女の心身にハリを与えた。
 お初天神での初対面から数回顔を合わせるうちに奈々子は、忙しいはずの新一郎がわざわざ“息抜き”に来てくれるのは、自分のことが気になって、会いたいと思っているからなのかも知れないと期待するようになった。
 向き合って話をしているとき新一郎は、かつて聡が奈々子に向けてそうしたように、まぶしげな表情で彼女を見つめることがあった。
(気のせいかな……もしかしたらあの人もあたしに何かを感じてくれている?)
 
「……で、同じような歳の親戚はいないって。生まれてずーっと横浜だって。まあ、元彼のほうも、小さい頃からピアノをやってた親戚なんていなかったんだけど」
 いつもの中華料理店で、奈々子は新一郎との会話で得た情報を礼に話した。
「ちょっと奈々子、あんたそんなことまで探ってんのかいな。もしかして『幼い頃生き別れた兄弟がいませんでしたか』とか?! そんなん聞いたら怪しいって!」
「いくら何でもそこまであからさまに聞くわけないじゃん。話の流れでさりげなーく、に決まってるじゃん」
「似てるのはよう分かったけど、何ちゅうか、ちょっととらわれすぎかな……って。どうせ週明けたら次は北海道まで飛んでまうんやろ、彼。つらいだけやと思うけど……」
「ねえ、礼……」
 奈々子はうつむき、のどから声をしぼり出すようにつぶやいた。
「魂が乗り移ることって、あると思う……?」
 礼は箸を動かしていた手を止め、奈々子を凝視した。
「……あるわけないやん……あんた、本気で言うてんの……?」
「そうだよね。あるわけないよね……あたしってホント馬鹿だよね……」
 じっとうつむいていた奈々子の目から涙がこぼれ、テーブルの上で握りしめた両手にポタポタと落ちた。
「奈々子……」。いつも明るかった奈々子の涙を初めて見た礼は目をむいて、しばらく言葉を失った。
「……もしかしたら、ないとも言い切れへんのかもなあ……」
 礼は最後にポツリとそう言い、少しだけ鼻をすすった。
 
 京都での公演を前日にひかえた金曜日の晩、新一郎はH百貨店の閉店まぎわに買い物に訪れた。
(今日も来てくれた……やっぱり、あたしに会いに……?)
 奈々子は新一郎の姿を見るたび心が癒される。
「お買い物って、あたしのところで? ここ、レディースしかないんですよ?」
「あ、ちょっとした贈り物なんですけどね。女性の好みってよくわからないな……」
 一瞬、心臓が大きく脈打った。不安と同時に押し寄せるわけもない期待。女性に贈り物?
誰に? もしかして自分?
「あの、そ……それって……」と奈々子は恐る恐るうかがう。新一郎は照れくさそうに頭をかきながら言った。
「何というか……一応、彼女に、です。同じ横浜なんです。超プライベートなことでアレなんですが、今年の秋に結婚するんです」
 
 頭の中で自分自身を罵倒しながら、奈々子は重い足取りで帰路についていた。
 新一郎に婚約者! 聡の魂が宿った新一郎が自分に好意を寄せている、という頓珍漢な思い込み。何て間抜けな妄想だったことか。自分に向けたあのまぶしそうなまなざしもとんだ見当違い。
「あたしの独り相撲……」。寒風のなか肩をすぼめ、奈々子は弱々しくつぶやいた。
 結局、新一郎は奈々子の見立てで、ベージュとピンクのアーガイルがお揃いになったマフラーとミトンのセットを買って帰ったのだった。新一郎の婚約者のために贈り物を見立てている自分をみじめで情けなく思った。
 次の日の休けい時間、礼は雑誌を一冊手にしてやって来た。
「昨日探してみてん。名前思い出されへんくらいマイナーな雑誌やったわ。紀伊国屋やったらあるんちゃうかと……ほらここ。1ページだけやけど、西島さんのインタビューやで」
「礼……ありがとう。いいかげん頭冷やさなきゃと思ってたとこなんだけどね。そういえば今日は京都で公演ね。で、明日が大阪か……」
 土曜日は奈々子と礼の休けい時間が重なることが多い。礼はパスタランチの大盛りを食べながら、記事に目を通す奈々子に聞いた。
「西島新一郎のピアノ、聴いてみたいん?」
「ん……まあね。実を言うとね、聡……元彼はプロのピアニストを目指してたんだ」
「えっ?! そうなん?!」
 この事実は礼にとってかなり予想外だったようで、寝耳に水といった顔をしている。
「あんまりにもすごい偶然だったからつい聡の魂が乗り移ったのかと思っちゃった。あたしって単純でしょ」
 そう言った瞬間、奈々子は記事のある一点に目が釘付けになった。めまいに近い感覚が彼女を襲った。体がこわばり、息切れすら覚えた。礼が驚いて「ちょっとちょっと奈々子、どないしたんよ。様子おかしいよ」と奈々子の顔の前で手を振るほどだった。
 奈々子をとらえたのは、ほんのささいな話題の中の、わずか3行の文章だった。
 
   《……、心臓の先天的な病気で、すごく体の弱い子でした。幸運にも心臓移植を受□□□□けられて、何とか人並みの健康を手に入れることができたんです。すごい体験と    いえば、それくらいですかね(笑)。……》
 
 雷に打たれたような衝撃が奈々子の全身を貫いた。
 新一郎は、過去に他人から心臓を提供され、移植手術を受けたことがある――!
【つづく】