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連載小説 恋はお初天神から

「ベターハーフを探して」

作者:山内早月(やまうち さつき)

<第2話> 始まりの予感

「あわゆうちょうの炙り焼き、めちゃくちゃウマかったよなー」
「え、あわゆうちょう? それって、あわおどりじゃないの?」

高校三年生の文化祭の夜に直樹と交わした言葉を、杏奈は思い出していた。打ち上げを終えて駅へと向かう道で、杏奈と直樹はたまたま二人きりになった。そして、徳島のブランド鶏である阿波尾鶏の読み方をめぐり、ささいな言い合いが始まったのだ。
「そんなシャレみたいな名前の鶏、絶対ないわ。ありえへんって、ほんまに」

ムキになって主張する直樹の様子をおもしろがるように、杏奈がたたみかけた。
「そうかなぁ。私、自信あるけどなぁ」
「じゃ、また今度二人で食べに行こか? どっちが合ってるか、確かめに行こう」

そして食事の約束ができあがり、その日を境に二人の交際が始まった。
「直樹くんと舞衣って、両想いやったはずやけど……」

直樹と同じ中学校出身の舞衣が、ずっと直樹に思いを寄せていたこと、そして直樹も舞衣のことを憎からず思っていたことを、杏奈は後日、別の同級生から聞かされた。そしていつしか、杏奈が強引に割り込んで舞衣から直樹を奪ったというウワサが、まことしやかにささやかれるようになった。

――ウワサの主は舞衣に違いない。ほかにもあることないことを言い立てられ、ずいぶんイヤな思いをした――

杏奈は自分の顔が苦々しげにゆがんでいることに気づき、ゆっくりと深呼吸した。

「美崎慎二です。K飲料の企画部で、新商品の開発をしています」

乾杯からしばらく経って一人ずつ近況報告をすることになり、幹事の美崎が口火を切った。K飲料というのは、日本で三本の指に入る大手飲料メーカーだ。

――直樹の勤めている中堅食品メーカーとは格が違う――

杏奈は、無意識に恋人の直樹と美崎を比べている自分に気づき、はっとする。
「いまメインで担当しているのは、『セブン・ゼロコーヒーシリーズ』です」

『セブン・ゼロコーヒーシリーズ』の商品は、早朝から深夜まで、ビジネスマンが一日に何度もコーヒーを飲むことに着目して作られている。あえて時間帯を限定したコンセプトのおもしろさと的確な商品設計が受け、続々と新商品が発売されている、いわばK飲料の看板シリーズだ。

「あ、それから、ここの店長は大学時代のテニスサークルの後輩なんです。皆さん、よかったらまた来てやってください」

美崎の視線の先にいる男性が顔いっぱいに笑顔を浮かべ、ぺこりと頭を下げた。よく日に焼けて体格もよく、いかにもスポーツマンといった雰囲気だ。笑顔がきれいだと杏奈が見ていると、舞衣が立ち上がった。
「私は編集者兼デザイナーをしていて、食べ物関係の広告や販促物なんかを作ってます。先日は、セブン・ゼロコーヒーのお仕事をさせていただきました」

舞衣はねっとりとした声で話し、マスカラをたっぷりと塗ったまつげを強調するかのように、目をしばたかせる。
――それで、さっき美崎くんと親しげに話していたのだ――

杏奈は、美崎と舞衣が自分の知らないところでつながっていたことに、軽い嫉妬を覚えている自分に気がついた。
――私には直樹がいるのに。どうしてしまったんだろう――

店内にいるはずの直樹の姿を探すと、入り口近くで高校時代の親友・水澤一磨とにこやかに話しこんでいる。ちょうど、次は一磨の番だった。
「九州の芸術大学を卒業して、こっちに戻ってきました。いまは自宅の一室を教室にして子どもたちに絵画を教えながら、自分の作品も作ってます」

穏やかな顔つきで身長も高く、誰にでも優しい一磨は、外見も性格も申し分ない。いつも直樹の近くにいた一磨とは接する機会も多かったが、あまりに “イイ人”すぎる一磨を、杏奈は男性として見たことはなかった。
――この服を着てきてよかった。ちょっと痛い出費だったけど――

次は自分の順番というときに、杏奈はふと思う。身にまとっている淡いベージュのワンピースは、杏奈が頻繁に通うブランドショップで、ぜひにと勧められて買ったものだった。大卒の初任給ほどする価格は、杏奈をためらわせはした。けれど、と杏奈はつぶやく。
――独特のデザインと生地のなめらかな質感が、仕事の成功を伝えているはず――

杏奈は思わず、裾のラインをすっとなぞる。そして、その心地よさにうっとりしながら、ゆったりと、穏やかにほほえみながら立ち上がった。

「鶏胸肉の自家製スモークです。特製のジェノバソースをつけてお召し上がりください」

薄くスライスした胸肉からほんのりと漂う燻香と、ジェノバソースの鮮やかなグリーンが杏奈の食欲をそそる。鶏皮の黒胡椒焼きや名古屋コーチンの岩塩焼き柚子胡椒和え、若鶏のシャンパンビネガー煮込みなど、次々運ばれてくるどの料理にも工夫があると、杏奈は感心しきりだった。
――美崎くんの後輩がメニューを考えているのだろうか? やや荒削りではあるけれど、発想や味付けの大胆さがいい――

杏奈は、ふとさっきの笑顔を思い出した。
「深川遼っていいます」

声のする方を振り向くと、美崎と先ほどの後輩が、舞衣と向かい合っている。
「オレ、ここの商店街の広報を担当してるんです」

遼がやや緊張した面持ちで、舞衣に説明を始めた。杏奈は無意識に聞き耳を立てる。
「夏祭りの時期に合わせて、商店街のグルメマップみたいなものを作りたいんです。うちの商店街、『曽根崎心中』の舞台やから、恋愛ともからめたいんっすよね。でも、どうすればいいんやろって、さっぱりわからんくって。ほんま困ってたんです」

遼は顔をくしゃくしゃにして、頭をかくしぐさをする。ストレートな物言いをする遼の様子がほほえましくて、杏奈はくすりと笑いそうになるのを懸命にこらえた。
「さっき美崎さんに相談したら、舞衣さん、あ、すいません、馴れ馴れしくて。皆口さんに頼んだらどうや、すごく腕がいいからって言ってくれたんです」

唇をきゅっとかたく結んで聞いていた舞衣が、口を開いた。
「私でいいなら、もちろん喜んで。ただ私、企画を考えたりデザインしたりはできるんですけど、文章を書くことはしないんですね。だから、それは他の方を探さないと」

杏奈はふと、先日チームを組んで仕事をしたフリーの編集者のことを思い出した。クライアントの要望をいい加減にしか聞いていなかった彼女は、自分にもデザイナーにもちぐはぐな指示を出し、おかげで二人とも、何度も理不尽なスケジュールでやり直しをする羽目になった。優秀な編集者と組みたいものだと、杏奈は痛感したものだった。
「あ、杏奈ちゃんに頼んでみたら?」
舞衣の声を聞き、杏奈は思わず驚きの声を上げそうになる。ほどなくして、美崎と遼、そして舞衣が近づいてきた。杏奈が話を聞いていたとは知らない遼は、また一から丁寧に説明してくれる。
――舞衣は、一体どういうつもりで私を指名したんだろうか――

いぶかしむ杏奈に、舞衣が媚びるように話しかけてきた。
「杏奈ちゃんの名前、よく雑誌で見かけるよ。あ、N誌なら、企画から関わってるんじゃない? 今回のグルメマップの企画、何かいいアイデアない?」

杏奈は、遼が期待に満ちた目でこちらを見ているのがわかる。だが、意表をつかれた杏奈の頭は空転し、いいアイデアが浮かんでこず、焦りばかりが先走る。
「そうですね、話の主人公であるお初と徳兵衛を、なんらかの形で表現したいですよね」

あいまいな答えを聞いて、遼ががっかりした表情を見せたのを、杏奈は見逃さなかった。舞衣が宙を見上げながら、たとえば、と切り出した。
「各店舗で、“恋に効くメニュー”を一品ずつ考えて、それを主役にみせるというのはどう?で、そのメニューを食べてくれたお客さまに、特典を用意するんです。3店舗で食べたら特典ありというようにしたら、リピートも見込めるし」

遼の顔がぱっと明るくなり、美崎も満足そうにうなずいているのを、杏奈はぼんやり見ていた。

――ベターハーフのことを考えて、浮かれていた自分が情けない――

後日打ち合わせをすることを決めて一同は解散し、杏奈は一人物思いにふけっていた。
「あの、杏奈さん、ちょっといいですか」

遼が近づいてきた。
「あさっての日曜」

おずおずと話しかけてきた遼は、意を決したように言った。
「よかったら、オレと会ってもらえないですか?」
――やはり、露天神社のご利益かもしれない。私のベターハーフは、一体誰?――

杏奈の心臓が早鐘を打ち出した。
【つづく】