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連載小説 恋はお初天神から

「ベターハーフを探して」

作者:山内早月(やまうち さつき)

<第5話>思わぬ仕打ち

「そら豆がほっくりしてて、すごくおいしい。リコッタチーズともよく合うし」

そら豆とリコッタチーズのパスタをフォークに巻き付けながら、北岩今日子は満足そうにうなずいた。編集者の今日子から取材の下見につき合ってほしいと頼まれた杏奈は、本町のイタリアンレストランにいる。二人がオーダーした「春の野菜ランチコース」はたいそう人気があるらしく、店内の8割近くはこのコースを食べている。

女性誌の編集部で働いている今日子は杏奈より4つも年下だが、話のテンポや興味が杏奈とよく合う。この日のように、取材の下見のためのこともあったが、仕事を終えてから飲みに行ったり、休日に話題の新店に出かけたりと、二人がプライベートな食事を共にすることもしばしばだった。

「あ、そういえば、そろそろ秋特集の企画も動き始めたんですけどね」

今日子が、ふと思い出したように話し始める。
「いつもの旅特集なんですけど、今回はグルメだけじゃなく、アートともからめようかって、編集長とそういう話になったんです。たいそうな芸術じゃなく、気軽なやつですよ」
「ちょっとアートな美食旅、ってかんじ?」
「そうそう。で、そんなに詳しくなくてもいいけど、ちょっとぐらいは知ってたほうが、アートって楽しめるじゃないですか。そういうアートを楽しむためのコツを、コラムで紹介できたらなって思ってて」
「専門家に頼むかんじ?」
「うん。でも、あまり有名な人に頼むとギャラも高いしなぁ。専門家だけど有名じゃなくって、若い感覚を持ってる人がいいかな。誰か杏奈さんの知り合いにいません?」

杏奈は、頭の中に知り合いの顔を思い浮かべていく。そのとき、先日の舞衣の言葉が脳裏によみがえってきた。
――えー、一磨くんが?――
「高校の同級生で、絵画教室してる人がいてる。直樹とも仲良かった人。声、かけてみよっか?」

何かとプライベートな話をする機会の多い今日子と、杏奈はお互いの恋愛のことも話していた。露天神社のことを教えてもらったのもこの今日子だったし、直樹のことも何かにつけて話していた。
「助かります。大まかな了承だけとってもらえたら助かります。なんせ、まだ企画段階なもので」

杏奈は、同窓会のときに一磨からもらった名刺があるはずだと思いながら、パスタをつるりと飲み込んだ。

今日子と食事を終えた杏奈は、お初天神通り商店街へと向かう。この日は、グルメマップ企画の取材初日だった。

一軒目は、ヘルシー食材を使った一品料理が充実していて、女性から人気のある洋風居酒屋。元パティシエだったという店長が考えたデザートは、「3層仕立ての恋するムース」というネーミングだ。
「恋が実るまでの気持ちの変化を、デザートで表現してます。ま、まずは食べてみてください」

店長からそういわれて、杏奈はそっと口をつける。トップの層はさわやかなグレープフルーツのジュレ。食べ進めると、次は甘酸っぱいフランボワーズのムースが、そして最後はとろりと甘いミルクショコラのムースが出てくるというしかけだ。

次に訪れた老舗洋食店の恋に効くメニューは、「一口カツのサルサソース」だった。
「カツはもちろん、ライバルに勝つ、って意味です。でも、あんまり戦闘的なかんじもなぁと思って。一口大のかわいいカツにして、夏野菜もたっぷり添えて、かわいいかんじに仕上げました」

三代目だというオーナーシェフの説明通り、女性が喜びそうな彩りの美しい一品だった。普段は情報誌の仕事が多いというカメラマンも手際がよく、いいペースで撮影を進めていく。次の一軒での取材も終始なごやかに進んで、この日の取材は終了した。

この日の三軒分の原稿を翌々日には舞衣に送り、遼にイメージを確認してもらうことになっている。悩むことなくスムーズに書けそうだという手ごたえを感じた杏奈は、この日も露天神社へと向かった。もちろん、ベターハーフとの出会いを願うためだった。

――私のベターハーフは、遼くん?――

露天神社で手を合わせ、そう一人ごちた途端、杏奈はふと直樹のことを思い出した。突然の別れ以来、会うことはおろか、電話すらしていない。なぜ舞衣といたのか気になりながらも、杏奈はまったく分からずにいた。
――あ、一磨くんに電話。直樹と舞衣のことも知ってるかも――

編集者の今日子との約束を思い出した杏奈は、名刺入れの中に入ったままの一磨の名刺を取り出した。コラムを書くといっても、それほどギャランティはもらえないだろうと杏奈は思う。
――長年会っていなかったのに。こんな話を持ちかけるの、失礼?――

ややためらう気持ちもありながら、杏奈の心のどこかに、一磨ならいいだろうという思いもある。一磨は昔から人がいい。その人のよすぎる性格ゆえに、あまり女性からはもてない役回りだったことを、杏奈は思い出していた。

「はい、水澤です」

呼び出し音が3回鳴った後、一磨の穏やかな声が聞こえた。杏奈は名刺を見て電話したこと、知り合いの編集者からアートに関するコラムを書ける人を探していることを伝えた。一磨は、よほど忙しい時期でないなら大丈夫だと、おっとりとした口調で請け負ってくれた。

「あの、一磨くん。最近、直樹から連絡ってあった?」
「同窓会の次の日、あ、その次の日かな。久しぶりに会えておもしろかった、また飲みにいこなって電話はあったけど。そうそう。今日は昼から杏奈が来るねん、なんてことも言ってたかな。親父さんたち、元気にしてた?」

一磨ののんびりとした口調から、まだ二人の別れのことは知らないようだと杏奈は悟る。杏奈は堰を切ったように話し始めた。直樹との突然の別れのこと、そして直樹と舞衣の二人が一緒にいたこと。

高校時代の二人のことも、そして舞衣のことも知っている一磨に話し出すと、杏奈はずっと我慢していた気持ちがあふれ出す。話せば話すほど、怒りをぶつけるような話し方になっていることも自覚していたが、杏奈はそれを止めることができない。そして、人のいい一磨は、あいづちをうちながら杏奈の話をずっと聞いていた。

一磨と話している最中、杏奈の電話が他からの着信を伝えた。ディスプレイを見ると、遼の名前が表示されている。
「一磨くん、ごめん。ちょっと他の電話かかってきたから。また電話してもいい?」

我ながら勝手だと思いながらも、一磨への詫びもそこそこに、杏奈は一磨との電話を切った。
「杏奈さん? 今日からたしか取材でしたよね?今日、ちょっと珍しい地鶏が入ったんですよ。石焼きにして岩塩をつけて食べたんですけどね、これがたまらないぐらいウマかったんっすよ。まだ、このへんにいます? ごちそうするんで、食べに来ませんか?」
「すぐ近くにいるから、行かせてもらおうかな。あ、でも、ちゃんとお代はお支払いします。ちなみに今日はワインじゃなく、お酒の気分」
「あ、いいっすね。お酒なら……山口の地酒でイチオシのがありますよ。香りがむんむんしてて、もう濃いのなんのって。地鶏が結構甘いから、よく合うと思いますよ。あー、想像してたら飲みたくなってきた!」

遼の軽妙なおしゃべりに、杏奈は先ほどまでの腹立たしい気持ちをすっかり忘れてしまっている。後で店に行くことを約束して電話を切ると同時に、携帯電話がメールの着信を伝えた。杏奈はもう一度ディスプレイを開く。

――美崎です。この前、調子悪そうだったけど、大丈夫? きのう接待で行った西梅田のイタリアンがすごくおいしかったから、よければ今度一緒に行きましょう。ワインも、なかなかいいのがそろってました――

遼からのストレートな好意と、控えめながらも相手に有無を言わせない、美崎からのアプローチ。杏奈はすっかり機嫌を直し、足取り軽く遼の店へと向かった。

杏奈は、どちらかというと「筆が速い」ほうだ。先日の取材原稿も早々に書き上げ、約束の日には舞衣にメールで送っていた。舞衣からは受け取ったという返事はない。が、杏奈への態度を考えると、それは至極当然のことかもしれないと杏奈は思っていた。
――表面上は仲がいいようにみせるけど、余計なコミュニケーションはとりたくないという意思表示なのかも――

舞衣に対して素直な気持ちをもてない杏奈に、もちろん異論はない。一方、遼からの電話を受けて『じどり家』に行って以来、遼からは一日に何度もメールがくる。市場に買い出しに来ているといったささいな内容のときもあれば、杏奈に会いたいことをほのめかす内容のものもあった。ストレートに思いを伝える遼にしては歯切れが悪いのが正直物足りなかったが、杏奈は温かい気持ちに包まれていた。

――遼くん、電話してきてくれたらいいのに――

杏奈がそう思った途端、携帯電話の着信音が部屋に鳴り響いた。杏奈は深夜0時を過ぎてバスタイムを終え、鏡をのぞき込みながらスキンケアに精を出しているところだった。美容液の容器を持ち上げたばかりの杏奈は、あまりのけたたましい音に驚き、その容器を落としかけたぐらいだ。
――あ、遼くん。もしかしたら、グルメマップの原稿を読んでくれたのかも――

我ながらうまくまとまった原稿だと自負していた杏奈は、とびきり明るい声で電話に出る。
「もしもし、こんばんは。この前はごちそうさまでした」
「あ、いえ。こんな遅くにすみません。もうお休みだったんじゃないですか?」

遼の声が妙によそよそしく、くぐもっていると感じた杏奈は、原稿のできがいまいちだったのかもと心配になった。
「あの、例の原稿だけど……」
「困ります」
「え??」

杏奈は、遼が何を言い出したのか分からなかった。
「いま、舞衣さんから電話もらって。杏奈さんから原稿が届かないから困ってる、って。催促の電話しても出ないし、かかってもこない。半泣きになってましたよ。すみませんって謝ってたけど、謝るのは舞衣さんじゃないって、言いました」

杏奈は次第に状況が飲みこめてきた。杏奈はたしかに、舞衣に原稿を送った。そして、それ以降、舞衣から電話がかかってきたことなど、一度もない。すべて舞衣の作り話だということは明らかだった。
――また舞衣が私に嫌がらせを。しかも、仕事でこんなこと。許せない――

杏奈は怒りに震えながら、遼にどう説明すればいいか、頭を素早く回転させながら考えていた。

【つづく】